2011年03月17日

板野友美 高画質画像・写真・壁紙646〜650

板野友美646 高画質画像・写真・壁紙
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板野友美647 高画質画像・写真・壁紙
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板野友美648 高画質画像・写真・壁紙
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板野友美649 高画質画像・写真・壁紙
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板野友美650 高画質画像・写真・壁紙
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[AKB48時代]
{2009年}
7月9日、ホリプロの河西智美、宮崎美穂と共に「ナットウエンジェル」を組む。
7月28日、自身のブログに「最近。毎日楽しいんだけどね すごく辛いこともあるんです。友(板野の一人称)は本当にAKB48に必要な存在なんでしょうか? そんな事を考えます」と、自分の存在意義を問う悩みを告白した事がある。
ちなみにその頃、板野にあった出来事と言えば選抜総選挙と、ユニット「ナットウエンジェル」。これは、AKB48内でホリプロ所属のメンバー3人が納豆普及を推進する『全国納豆協同組合連合会』からの仕事で組んだユニット名。あるファンによると「これがギャルのカリスマ的な路線を狙う板野の中では微妙だったようですね。しかもメンバーには、1号、2号、3号と番号が振り分けられているが、1号(センターポジション)を後輩で年下の宮崎美穂に奪われ、板野は2号だった。これも不本意だったようです。ホリプロとしては、AKB48から卒業してバラドル路線を開拓している大島麻衣に続いて、次に卒業を成功させたいのは板野。テレビ業界に強いホリプロだけに、バラエティ番組の仕事も持ってくるのですが、バラエティは彼女には向かないようで、事務所として彼女を持て余しているのが正直なところですね」。
番組内では「ナットウエンジェル」について何度か話があがった事があるが、板野はやはり複雑な表情を浮かべていた。ちなみに2010年にも「ナットウエンジェルZ」というユニットが作られたが、板野は参加せず、別のホリプロ所属のメンバーが加入している。
板野のブログの内容を不安に思ったファンからは、4,000件以上の応援コメントが寄せられた。板野は「みなさんの期待を裏切らないように頑張りたいと思っています」と卒業はせず、今後もAKB48として活動していく事を宣言した。
7月22日、ギャルちん a.k.a板野友美名義で、アルバム『スーパー★アニメ☆リミックス スーパー・ベスト』に参加。
10月、『仮面ライダーW』にクイーン役で出演。

板野友美 高画質画像・写真・壁紙641〜645

板野友美641 高画質画像・写真・壁紙
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板野友美642 高画質画像・写真・壁紙
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板野友美643 高画質画像・写真・壁紙
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板野友美644 高画質画像・写真・壁紙
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板野友美645 高画質画像・写真・壁紙
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[AKB48時代]
{2005年}
12月、AKBデビュー時は現在のような人気もなく、250人の劇場も埋まらない様な状況。「レッスンをしてみんなで頑張ったのに、幕が開けてみればお客さんが全然居なくて、それってすごい辛い事だったんですけど。やっぱり目標がみんなあるから、その夢を叶えようってたぶん必死だったと思う」また、「人間、無理とあきらめた瞬間にそこで止まっちゃうけど、やればできるものだなって。いろんな経験があって今があるし、ちょっとのことでは落ち込まない。過去の下積みなしに今のAKBに入るよりはよかったと思う」とデビュー当時の思い出を語っている。

{2008年}
9月、『cawaii!』の専属としてモデルデビュー。その後は、AKB48の「ファッションリーダー」や「おしゃれ番長」と呼ばれるようになり、女性ファッション誌でモデルを務めたり、「東京ガールズコレクション」にも出演したりもした。現在では、若い女性からの支持やファンが多いメンバーの一人となっている。
しかしファッション関連が本線のようなイメージがあるが、本人はあくまで歌とダンスがメイン。特にダンスでは、誰にも負けたくないと思っている。ダンスは元々得意だが、どちらかというとヒップホップ系のダンスが好きで、『RIVER』『Beginner』の様なカッコイイ曲を、好きな曲としてあげている。王道アイドルっぽい感じの曲の時には、あえてダラっと踊るのが特徴。

{2009年}
4月1日、ソロ写真集「T.O.M.O.rrow」を発売。
7月8日の第1回選抜総選挙では7位。「結果は7位だったけど、この順位がすべてじゃないから、数字にはこだわっていません。だけどファンの皆さんが何千票も入れてくれたのは、本当にありがたい事だと思います。一人ずつにお礼を言いたいけど、それは無理だから、パフォーマンスを頑張って、皆さんにお返ししたいと思います」。

板野友美 高画質画像・写真・壁紙636〜640

板野友美636 高画質画像・写真・壁紙
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板野友美640 高画質画像・写真・壁紙
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[AKB48時代]
{2005年}
そんなすさんでいた板野を見かねた母は、オーディションを受けることをすすめた。色々なオーディションを受け、その内のひとつ秋葉原48(AKB48)のオーディションに合格した。ちなみにその当時は、メッシュの入った髪形だった。
現在は明るい髪の色が特徴だが、AKBデビュー当時は秋元康の命令で全員黒髪だった。オーディションで茶髪だった者も、デビュー時は全員黒髪になっている。板野も黒髪でデビューしている。さらに髪を縛ってツインテールにしたり、キャッチフレーズで「ぴょんぴょん」と言ったり、本来の姿とは違い、清純派やロリ系という路線でしばらくは進んでいた。
当時は「自分でアイドル像を作るべきか」を悩んでいた。「見かけだけでも、お客さんが求めるカワイイ板野友美にならなきゃいけない、と思ってました。どこかで自分を殺していたかもしれませんが、そのアイドル像をイヤイヤ作っていたのでなく、アイドルでいる自分も楽しい、と思ってました。そのうち、AKBは自分の個性を出していい場所で、自分を出してもアイドルでいられることがわかってきたんです。また、中学を卒業したことや、どんな友ちゃんも好き、とファンの方が言ってくれたことも、素直に自分を出す自信を持てたきっかけですね」。
その後、「どのクラスにも一人くらい例外が必要だから」という事で、茶髪に関しては、唯一板野だけが認められる事になった。そして茶髪、ピアスなど現在のギャル路線へと進んでいった。ちなみにこの「茶髪禁止」ルール自体が既に撤廃されていて、現在は存在しない。
しかし晴れて芸能界入りを果たしたものの、土日も関係なく毎日レッスン漬けの日々。あまりの辛さに舞台裏で泣いてしまうこともあったという。

板野友美 高画質画像・写真・壁紙631〜635

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板野友美634 高画質画像・写真・壁紙
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板野友美635 高画質画像・写真・壁紙
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[来歴]
2005年8月までBOXMENのガールズダンスチームGIRLSBOXに所属。2004年12月31日に開催された第55回NHK紅白歌合戦ではEXILE「Choo Choo TRAIN」のバックダンサーをつとめた。
2005年10月30日、『AKB48 オープニングメンバーオーディション』に合格(応募総数7,924名、最終合格者24名)。
2005年12月8日、オープニングメンバー候補生のうち20名として、AKB48劇場グランドオープンの舞台に立った(旧チームAに所属)。
2007年5月に、大島麻衣(当時メンバー)、河西智美とともに、ホリプロへ移籍。同時に、芸能人女子フットサルチーム「XANADU loves NHC」にも所属、背番号は「11」。
2008年9月には、『Cawaii!』(主婦の友社、2009年6月号で休刊)の専属としてモデルデビューを飾るなど、活動の幅を広げる。
2009年4月1日には、ソロ写真集『T.O.M.O.rrow』(主婦の友社)が発売された。
2009年6月から7月にかけて実施された『AKB48 13thシングル選抜総選挙「神様に誓ってガチです」』では7位で、メディア選抜入りを果たした。
2009年7月から、同じホリプロ所属の河西智美、宮崎美穂とともに「ナットウエンジェル」というユニットを結成。
2009年8月23日に開催された『読売新聞創刊135周年記念コンサート AKB104選抜メンバー組閣祭り』の夜公演にて、同年10月よりチームKに異動することが発表されたが、実際にチームKに異動したのは2010年3月12日である。
2010年3月31日、河西智美とともに『仮面ライダーW』の役名の「Queen & Elizabeth」としてCDリリース。
2010年5月から6月にかけて実施された『AKB48 17thシングル選抜総選挙「母さんに誓って、ガチです」』では4位で、メディア選抜入りを果たした。
2010年6月には初のソロコマーシャルである、イトーヨーカ堂「Ito-Yokado 2010 Summer Collection」がOA開始。
2011年1月25日、ファッションブランド「サマンサタバサ」のイメージモデル「サマンサミューズ」に就任することが発表された。日本人歌手として初の起用。
2011年1月26日にソロデビュー曲となる「Dear J」をリリース。
2011年4月27日に2ndシングルがリリースされることが自身のライブイベントでサプライズで発表された。本人もその日初めて知った。

板野友美 高画質画像・写真・壁紙626〜630

板野友美626 高画質画像・写真・壁紙
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板野友美630 高画質画像・写真・壁紙
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[人物]
神奈川県で銀行員の父、小学校教諭の母の下に生まれる。また、4歳下の妹がおり、2011年1月5日に自身のTwitterにて妹とのツーショット写真を公開した。ブログでは度々出身地である大阪への思いを綴っているが、 公式サイトなどでは出身地が神奈川県となっている。公式サイト以外では、大阪府出身と記されることもある。 また、父親が大阪出身である。 10歳の頃に横浜市泉区に転居している。
趣味は、寝ること、美容研究、音楽鑑賞。食べることも趣味の一つであり、好きな食べ物は、ご飯と納豆、麺類、肉、キムチ、バニラヨーグルトである。しかし「日本一まずいラーメン屋」とされる彦龍のラーメンに「おいしい」とコメントしたため、味覚オンチ扱いされている。食べることそのものは好きだが、かなりの少食で、ロケ弁1個で満腹感を感じるという。
寝ることについては、寝覚めは非常に良いものの、幼少時から持っている「りんごちゃん」と名付けた一見怖い人形がないと寝られないという。
ゲームの『メイド イン ワリオ』(任天堂)も大好きだという。
特技は、ダンスとエレクトーン、水泳、一輪車。ダンスはSPEEDの影響で始めたという。さらにBoAの大ファンで、ファンクラブに加入しているほどである。音楽番組でBoAと共演した際には収録後に2ショットで記念撮影している。
AKB48の中心メンバーの一人であり、すべてのシングル曲で選抜メンバーに選ばれている(じゃんけん選抜は除く)。
キャッチフレーズは、昔はあったが今は無し。理由は「キャッチフレーズにとらわれたくない」から。ちなみに昔使用していたのは「お耳がピョンピョン、元気なバンビ!」。
AKB48になったキッカケは、幼稚園ごろは芸能界には興味がなかったが、その後SPEEDを好きになって、自分も歌手になりたいと思うようになった。
歌とダンスを始め、小学生の頃はEXILEのバックダンサーを務めた事もある。EXILE『Choo Choo TRAIN』でもバックダンサーを担当し、実は2007年にAKBとして紅白歌合戦に初出場する以前の、第54回NHK紅白歌合戦(2003年)にも出演している。
母親はかなり教育ママだったらしく、ダンス、水泳、英語、エレクトーンなど様々な習い事をやらされ、「1週間パンパンだった」。中学に入ると好きだったダンスも辞め、友達との遊びの方に夢中になる。本人曰く「青春を楽しめた」。その年頃はちょうど反抗期という事もあり、部屋に鍵をかけ両親とは距離をとっていたが、ある日母親が妹の物を取りに部屋に入ろうとしたら入れず怒られる。それでも開けなかったため、帰ってきた父親がドアを壊して入ってきて、これでもかというほど怒られた。
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